投資信託のリスク指標を『ポートフォリオ全体』で考える方法 〜複数のファンドを持つ初心者へ〜
投資信託のリスク指標、ポートフォリオ全体で見るとどうなる?
NISAなどを活用して投資信託を始められた方が増えています。少し慣れてくると、複数のファンドを組み合わせてお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
個別の投資信託については、目論見書や運用報告書に記載されている「リスク指標」について、少しずつ見方が分かってきたかもしれませんね。例えば、標準偏差を見れば値動きのブレ幅が、シャープレシオを見ればリスクを取った分の効率が分かるといった情報です。
しかし、「複数の投資信託を合計した、自分自身のポートフォリオ全体のリスクはどう考えれば良いのだろう?」と疑問に感じたことはありませんか?
この記事では、投資経験1年程度の初心者の方に向けて、投資信託の主要なリスク指標を、個別のファンドだけでなく、ポートフォリオ全体という視点でどのように捉え、資産運用に活かしていくかを分かりやすく解説します。この記事を読み終える頃には、ご自身のポートフォリオがどのような値動きの傾向を持つのか、そしてそれがご自身の運用目標やリスク許容度と合っているのかを考えるヒントが得られるはずです。
リスクは漠然と怖いものではありません。正しく理解し、ご自身の資産運用に役立てていきましょう。
個別のファンドのリスク指標を振り返る
まず、ポートフォリオ全体の考え方に入る前に、個別の投資信託でよく見かけるリスク指標について簡単におさらいしましょう。
標準偏差(値動きのブレ幅)
これは、投資信託の過去の基準価額(投資信託の値段)が、その平均値からどれだけばらついているかを示す指標です。
- 標準偏差が高い: 過去の値動きのブレ幅が大きかったことを意味します。短期間で大きく上昇したり、大きく下落したりする可能性が高い、比較的「ハイリスク・ハイリターン」の傾向を持つファンドと言えます。
- 標準偏差が低い: 過去の値動きのブレ幅が小さかったことを意味します。基準価額の変動が比較的穏やかな、「ローリスク・ローリターン」の傾向を持つファンドと言えます。
例えるなら、標準偏差は「その投資信託の運転の荒さ」を示すメーターのようなものです。数字が大きいほど、急発進や急ブレーキが多い、ダイナミックな運転をする車(ファンド)だとイメージしてください。
ベータ値(市場との連動性)
これは、特定の投資信託が、市場全体の動き(例えば、TOPIXやS&P500などの株価指数)に対して、どの程度連動して値動きするかを示す指標です。市場全体の動きを1.0として比較します。
- ベータ値が1.0より大きい: 市場全体が1%動いたとき、このファンドは1%よりも大きく動く傾向があることを意味します。市場の上昇局面では市場平均を上回りやすいですが、下落局面では市場平均よりも大きく下落しやすい傾向があります。
- ベータ値が1.0に近い: 市場全体とほぼ同じように動く傾向があることを意味します。市場平均に連動するインデックスファンドなどがこれに該当しやすいです。
- ベータ値が1.0より小さい: 市場全体が1%動いたとき、このファンドは1%よりも小さく動く傾向があることを意味します。市場の上昇局面では市場平均を下回りやすいですが、下落局面では市場平均よりも小さく下落しやすい傾向があります。
- ベータ値がマイナス: 市場全体と逆方向に動く傾向があることを意味します。これは非常に珍しいケースです。
例えるなら、ベータ値は「市場という大通りを走る車列の中で、自分の車(ファンド)がどれだけ機敏に(あるいは鈍感に)反応して動くか」を示す指標です。数字が大きいほど、車列の動きに敏感に、そして大きく反応する傾向があると言えます。
シャープレシオ(リスクに見合った効率性)
これは、投資信託が取ったリスク(標準偏差で測られる値動きのブレ幅)に対して、どれだけ効率良くリターンを生み出したかを示す指標です。数値が高いほど、リスクを取ったわりに効率良くリターンが得られたことを意味します。
- シャープレシオが高い: 同じくらいのリスクを取った他のファンドと比較して、より高いリターンを得られた、あるいは、同じくらいのリターンを得るために取ったリスクが小さかったことを意味します。運用効率が良いと言えます。
- シャープレシオが低い: 同じくらいのリスクを取った他のファンドと比較して、リターンが見劣りした、あるいは、同じくらいのリターンを得るために取ったリスクが大きかったことを意味します。運用効率が悪いと言えます。
例えるなら、シャープレシオは「燃費」のようなものです。同じ距離を走る(同じリターンを得る)のに、ガソリンをどれだけ効率良く使ったか(どれだけリスクを抑えたか)を示す指標だと考えてみてください。
ポートフォリオ全体のリスクを考えるヒント
さて、これらのリスク指標は、個別のファンドの「性格」を教えてくれます。では、複数のファンドを組み合わせたご自身のポートフォリオ全体については、これらの指標をどのように活かして考えれば良いのでしょうか。
厳密なポートフォリオ全体のリスク計算は複雑になりますので、ここでは初心者の方がご自身のポートフォリオの傾向を掴むための考え方に焦点を当てます。
標準偏差でポートフォリオ全体の「値動きの傾向」を想像する
ご自身のポートフォリオに組み入れている個別のファンドの標準偏差を見てみましょう。
- 組み入れているファンドの多くが標準偏差「高い」傾向にある場合: ポートフォリオ全体としても、個別のファンドの値動きのブレ幅が大きい性質が合わさって、全体の値動きも比較的大きくなる傾向があると想像できます。短期間での価格変動が大きくなる可能性があり、大きく増える可能性もあれば、大きく減る可能性もある、ダイナミックな値動きをするポートフォリオになりやすいでしょう。
- 組み入れているファンドの多くが標準偏差「低い」傾向にある場合: ポートフォリオ全体としても、個別のファンドの値動きのブレ幅が小さい性質が合わさって、全体の値動きも比較的穏やかになる傾向があると想像できます。価格変動は小さく抑えられる可能性が高く、急激な上昇や下落は起こりにくいですが、大きなリターンも期待しにくいでしょう。
- 標準偏差の高いファンドと低いファンドを組み合わせている場合: これは、値動きの性質が異なる資産を組み合わせることで、ポートフォリオ全体の値動きのブレを抑えようとする「分散投資」の考え方につながります。例えば、標準偏差が高い株式ファンドと、標準偏差が低い債券ファンドを組み合わせることで、個別の標準偏差の単純な合計よりも、ポートフォリオ全体の標準偏差が小さくなる(値動きのブレが抑えられる)可能性があります。
ご自身のポートフォリオに含まれるファンドの標準偏差を確認することで、そのポートフォリオ全体がどの程度の「運転の荒さ」を持つか、おおまかな傾向を掴むことができます。
ベータ値でポートフォリオ全体の「市場への反応度」を想像する
同様に、組み入れている個別のファンドのベータ値を見てみましょう。
- 組み入れているファンドの多くがベータ値「高い」傾向にある場合: ポートフォリオ全体としても、市場全体の動きに強く連動し、市場の上昇・下落に対して大きく反応する傾向があると想像できます。市場全体の波に乗りやすいですが、市場が大きく落ち込んだ際には、その影響を強く受ける可能性があります。
- 組み入れているファンドの多くがベータ値「低い」傾向にある場合: ポートフォリオ全体としても、市場全体の動きにあまり連動せず、比較的独自の動きをする傾向があると想像できます。市場全体が大きく上昇してもその恩恵を受けにくいですが、市場が大きく下落しても影響を受けにくい可能性があります。
- ベータ値がプラスのファンドとマイナス(あるいは0に近い)のファンドを組み合わせている場合: これは、市場全体の動きとは異なる動きをする可能性のある資産を組み合わせることで、市場の変動に対するポートフォリオ全体の影響を抑えようとする考え方につながります。例えば、ベータ値が高い株式ファンドと、ベータ値がマイナスになりやすい特定の金融商品などを組み合わせることで、市場が大きく動いたときでも、ポートフォリオ全体の変動が緩和される可能性があります。
ご自身のポートフォリオに含まれるファンドのベータ値を確認することで、そのポートフォリオ全体が市場という大きな流れに対して、どの程度「機敏に、あるいは鈍感に」反応する傾向を持つか、おおまかな傾向を掴むことができます。
シャープレシオでポートフォリオ全体の「運用効率」を考えるヒントを得る
個別のファンドのシャープレシオが高いことは、そのファンド単体で見たときの運用効率が良いことを示します。ポートフォリオ全体のシャープレシオを計算することは、個別のファンドのシャープレシオを合計するのではなく、ポートフォリオ全体のトータルリターンと全体の標準偏差を用いて計算しますが、これは少し発展的な内容です。
初心者の方がポートフォリオ全体のシャープレシオから考えるヒントとしては、以下のようなことが挙げられます。
- 組み入れている主要なファンドのシャープレシオを比較する: もし、似たような資産クラス(例:どちらも全世界株式ファンド)でありながら、片方のシャープレシオが明らかに高い場合、より効率の良いファンドに資金を集中させることを検討するヒントになります。
- ポートフォリオ全体のリターンと、それを生み出すための「値動きの大きさ」(標準偏差から想像できること)を俯瞰する: 例えば、ポートフォリオ全体の値動きがかなり大きい(標準偏差が高そうな組み合わせになっている)のに、期待していたほどリターンが得られていないと感じる場合、それは「リスクを取った割に効率が悪い」状態かもしれません。個別のファンドを見直したり、ポートフォリオの構成バランスを変えたりすることを検討するきっかけになります。
シャープレシオは、単にリターンが高ければ良いというわけではなく、リスクを取った「質」を見るための指標です。ポートフォリオ全体として見たときに、ご自身の取っているリスクに対して、どれだけ効率的な運用ができているかを考える際に役立ちます。
リスク指標をポートフォリオ管理にどう活かすか
ご自身のポートフォリオに含まれる個別の投資信託のリスク指標を確認し、それがポートフォリオ全体としてどのような値動きの傾向を持つかを想像できるようになると、以下のような点に役立ちます。
- ご自身の「リスク許容度」との擦り合わせ: ポートフォリオの標準偏差から想像される値動きの大きさが、ご自身が精神的に耐えられる範囲を超えている(あるいは小さすぎる)と感じた場合、それはポートフォリオの見直しを検討する良い機会です。「多少の値下がりは気にしないから、もっと積極的にリターンを狙いたい」ということであれば標準偏差が高めの組み合わせを増やすことを検討したり、「大きな値下がりは見ていられない、安定した値動きが良い」ということであれば標準偏差が低めの組み合わせを増やすことを検討したりできます。
- 資産クラスのバランスを考えるヒント: 株式、債券、不動産投資信託(REIT)など、異なる資産クラスのファンドはそれぞれ異なるリスク・リターン特性を持っています(一般的に株式はリスク・リターンが高く、債券は低い傾向)。それぞれの資産クラスの代表的な指数に連動するファンドの標準偏差やベータ値を確認することで、「株式〇%:債券〇%」といったポートフォリオ全体のバランスを考える上で、それがどのような値動きの傾向につながるかのヒントが得られます。
- 定期的な見直し: 運用を続けていく中で、ご自身の目標やリスク許容度が変化することもあります。また、市場環境の変化によって、個別のファンドのリスク指標も変動することがあります。定期的にポートフォリオに含まれるファンドのリスク指標を見直し、それがポートフォリオ全体としてどのような状態にあるかを把握することが、賢い資産運用には不可欠です。
結論:リスク指標でポートフォリオの「体質」を知り、賢く付き合う
投資信託のリスク指標は、個別のファンドの成績表であると同時に、それらを組み合わせたご自身のポートフォリオ全体の「体質」を理解するための重要な手がかりとなります。
標準偏差を見れば、ポートフォリオ全体の値動きのブレ幅がどの程度になりそうか。ベータ値を見れば、市場全体の動きに対してどれくらい敏感に反応しそうか。そして、シャープレシオから運用効率を考えるヒントを得ることができます。
これらの指標は過去のデータに基づいたものですが、未来の資産運用やポートフォリオ管理を行う上で、非常に役立つ情報です。漠然としたリスクへの不安を解消し、ご自身が取っているリスクを正しく理解し、コントロール可能なものとして捉えることが、長期的な資産形成においては不可欠です。
ぜひ、ご自身の保有している投資信託の目論見書や運用報告書、または証券会社のウェブサイトなどでリスク指標を確認し、ご自身のポートフォリオ全体の「値動きの傾向」について想像を膨らませてみてください。そして、それがご自身の運用目標やリスク許容度と合っているかを定期的に見直してみてください。
リスク指標の理解は、賢く資産を増やしていくための確かな一歩となるはずです。