標準偏差?ベータ値?投資信託リスク指標の「違い」と賢いファンド選び(初心者向け)
投資信託を始めたばかりの方にとって、「リスク」という言葉は少し重く感じられるかもしれません。特に、目論見書や運用報告書に並ぶ「標準偏差」「ベータ値」といった見慣れない指標を目にすると、さらに不安になることもあるのではないでしょうか。
しかし、これらの指標は決して難しいものではありません。むしろ、あなたの不安を漠然としたものから具体的な理解に変え、自分に合った投資信託を選ぶための強力な味方になってくれます。
この記事では、投資信託のリスク指標の中でも特によく目にする「標準偏差」と「ベータ値」に焦点を当て、それぞれの意味や違い、そしてこれらをどのようにファンド選びや資産運用に活かせるのかを、専門用語を避けながら分かりやすく解説します。この記事を読めば、リスク指標への苦手意識が減り、賢い資産運用へ一歩踏み出せるはずです。
投資信託のリスクとは「値動きのブレ幅」のこと
まず大前提として、投資信託における「リスク」とは、一般的に言われるような「危険なこと」という意味合いだけではありません。金融の世界で言うリスクの多くは、「将来の値動きの不確実性」や「リターン(収益)のブレ幅」を指します。
例えば、「この投資信託はリスクが高い」というのは、「価格が大きく上がる可能性もあるけれど、その一方で大きく下がる可能性もある、つまり値動きのブレが大きい」という意味だと捉えてください。
そして、今回解説するリスク指標は、この「値動きのブレ幅」や「不確実性」を様々な角度から数値化し、比較しやすくしたものです。
標準偏差:値動きの「絶対的なブレ幅」を示す指標
標準偏差は何を測る指標?
標準偏差は、投資信託の「リターンの散らばり具合」、つまり「値動きのブレ幅」そのものを測る指標です。特定の期間において、その投資信託のリターンが平均からどれくらいばらついているかを示します。
例えるなら、毎日決まった時間に目的地を目指す車を想像してみてください。ある日は早く着き、ある日は遅く着くかもしれません。標準偏差は、目的地への到着時間の「ばらつき」の大きさを数値で表すようなものです。ばらつきが大きいほど、標準偏差も大きくなります。
標準偏差が高い/低いとどういう意味?
- 標準偏差が高い投資信託: リターンのブレが大きい、つまり値動きが大きい傾向があることを示します。大きく上昇することもあれば、大きく下落することもある、ダイナミックな動きをする可能性があります。
- 標準偏差が低い投資信託: リターンのブレが小さい、つまり値動きが比較的小さい傾向があることを示します。安定した値動きが期待できる可能性があります。
これは、「ジェットコースター」と「観覧車」に例えると分かりやすいかもしれません。ジェットコースターは標準偏差が高く(大きく上下にブレる)、観覧車は標準偏差が低い(ゆっくりと安定して動く)。どちらが良い・悪いということではなく、あなたがどちらの動き方を好むか、どちらに乗りたいか(=どの程度のリスクを受け入れられるか)の問題です。
標準偏差の活用方法
標準偏差は、同じような種類(カテゴリー)の投資信託を比較する際に役立ちます。例えば、どちらも日本株に投資する2つのファンドがあったとして、運用成績(騰落率)が同じでも標準偏差が異なる場合があります。
- Aファンド: 過去3年間の騰落率 +15%、標準偏差 10%
- Bファンド: 過去3年間の騰落率 +15%、標準偏差 5%
この場合、同じリターンを得ていても、Bファンドの方が値動きのブレが小さかった(より安定していた)と言えます。あなたが安定性を重視するならBファンドを、同じリターンでもより大きな変動を許容できる(あるいはむしろ期待する)ならAファンドも選択肢に入ってくるでしょう。
ただし、標準偏差はあくまで「過去の」値動きのブレを示すものです。将来も同じブレ幅になるとは限りません。
ベータ値:市場全体との「連動性」を示す指標
ベータ値は何を測る指標?
ベータ値は、投資信託が市場全体(ベンチマークと呼ばれる基準となる指数)の値動きに対して、どれだけ敏感に反応するかを示す指標です。つまり、「市場が1%動いたときに、その投資信託は何%動く傾向があるか」を表します。
市場全体(例えば日経平均株価やTOPIX、S&P500など)のベータ値を 1.0 とします。
ベータ値が高い/低いとどういう意味?
- ベータ値が 1.0 より大きい投資信託(例: 1.2): 市場全体が1%上昇すると、それ以上に(例: 1.2%)上昇する傾向があります。逆に、市場全体が1%下落すると、それ以上に(例: 1.2%)下落する傾向があります。市場の値動きが増幅されやすいと言えます。
- ベータ値が 1.0 より小さい投資信託(例: 0.8): 市場全体が1%上昇しても、それほど大きくは(例: 0.8%)上昇しない傾向があります。市場全体が1%下落した際も、それほど大きくは(例: 0.8%)下落しない傾向があります。市場の値動きが緩和されやすいと言えます。
- ベータ値が 1.0 に近い投資信託: 市場全体とほぼ同じように動く傾向があります。
- ベータ値がゼロに近い、あるいはマイナスの投資信託: 市場全体の値動きとの連動性がほとんどない、あるいは市場全体と逆の動きをする傾向があります(数は多くありません)。
これは、市場という「大きな船」の動きに対する「小さな船」の動きに例えられます。ベータ値が高い小船は、大きな船が少し揺れると大きく揺れますが、スムーズに進むときも速く進みます。ベータ値が低い小船は、大きな船の揺れがあまり伝わりにくく、比較的穏やかに進みます。
ベータ値の活用方法
ベータ値は、あなたの資産全体(ポートフォリオ)でどれくらいのリスクを取りたいかを考えるヒントになります。
- 「市場全体の成長率よりも、もっと積極的なリターンを狙いたい」という考えなら、ベータ値が1.0より大きい投資信託を検討するかもしれません。その分、市場が下落したときのリスクも大きくなることを理解しておく必要があります。
- 「市場全体が大きく下落しても、自分の資産は比較的穏やかな動きにとどまってほしい」という考えなら、ベータ値が1.0より小さい投資信託を検討するかもしれません。その分、市場が上昇したときのリターンも抑えられる傾向があります。
ベータ値を見ることで、「このファンドは市場に引っ張られやすいのか、それとも独自の動きをする傾向があるのか」というリスクの性質を理解できます。
標準偏差とベータ値、何が違うの?
ここまで見てきたように、標準偏差とベータ値はどちらもリスクを示す指標ですが、測っているものが異なります。
- 標準偏差: 「絶対的な」値動きのブレ幅。他の何と比べるわけではなく、その投資信託自体の価格がどれだけ上下にばらついているか。
- ベータ値: 市場全体という基準に対する「相対的な」値動きの感応度(連動性)。市場が動いたときに、それに追随してどれだけ動くか。
例えるなら、標準偏差は「その人の感情の起伏の激しさ」を示すのに対し、ベータ値は「世の中の出来事に対して、その人がどれだけ影響を受けて感情が動くか」を示す、というイメージです。感情の起伏が激しい(標準偏差が高い)人でも、世の中の出来事にはあまり動じない(ベータ値が低い)ということもありえます。
リスク指標をファンド選びにどう活かす?
標準偏差やベータ値を理解することは、単にリスクの高い・低いを知るだけでなく、自分自身の「リスク許容度」や「投資の目的」に合ったファンド選びに繋がります。
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自分のリスク許容度と照らし合わせる:
- 値動きのブレが大きい(標準偏差が高い)のは平気か? それともブレが小さい(標準偏差が低い)方が安心か?
- 市場全体と同じように動く(ベータ値が1に近い)のが良いか? 市場より大きく動いてハイリターン・ハイリスクを狙いたいか(ベータ値1超)、市場の下落時の影響を抑えたいか(ベータ値1未満)? これらの指標を見ることで、あなたが心地よく感じる「値動きの性質」を持つファンドはどれか、考えるヒントになります。
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複数の指標を組み合わせて見る: 標準偏差とベータ値は、ファンドの異なるリスク側面を示します。両方を一緒に見ることで、より深い理解が得られます。
- 標準偏差もベータ値も高い: 市場全体が動くときに、その影響を強く受けて、かつ市場以上の大きなブレ幅で動く傾向。ハイリスク・ハイリターンの可能性が高い。
- 標準偏差は高いがベータ値は低い: 市場全体との連動性は低いが、独自の要因で大きく値動きする傾向。特定のテーマやニッチな市場に投資するファンドなどで見られることがあります。市場全体が安定していても、そのファンドだけが大きく動く可能性があります。
- 標準偏差は低いがベータ値は高い: 市場全体が動くときに、それ以上に値動きする傾向があるにも関わらず、絶対的なブレ幅(標準偏差)は抑えられている。これは、過去のデータからはやや珍しい傾向かもしれません。
- 標準偏差もベータ値も低い: 市場全体との連動性も低く、かつ絶対的なブレ幅も小さい傾向。比較的安定した値動きが期待できる可能性が高い。
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同じカテゴリーやベンチマークと比較する: リスク指標は、比較することでより意味を持ちます。気になるファンドがあれば、同じ投資対象(例: 日本株、米国債券など)の他のファンドや、そのファンドが目標としているベンチマーク(市場指数)と、標準偏差やベータ値を比べてみてください。そのファンドが同種の他のファンドと比べて、リスクの観点からどのような特徴を持っているのかが見えてきます。
リスク指標を見る上での注意点
- 過去の実績である: リスク指標はあくまで過去の運用データに基づいて計算されたものです。将来の運用成績や値動きを保証するものではありません。
- 計算期間に注意: リスク指標は、計算に使う期間(1年、3年、5年など)によって値が変わることがあります。比較する際は、必ず同じ期間で計算された指標を見てください。
- 万能ではない: リスク指標はファンド選びの一つの判断材料です。これだけで全てが決まるわけではありません。ファンドの投資対象、運用方針、コスト、運用会社の信頼性など、他の要素も総合的に見て判断することが重要です。
まとめ:リスク指標を理解して、賢い資産運用へ
投資信託のリスク指標、特に標準偏差とベータ値は、一見難しそうに見えますが、その意味を理解すれば、あなたの資産運用を大きく助けてくれるツールです。
- 標準偏差: 値動きの「絶対的なブレ幅」を示し、ファンドの安定性を測る一つの目安になります。
- ベータ値: 市場全体との「相対的な連動性」を示し、市場の動きに対してどれだけ敏感かを知るヒントになります。
これらの指標は、あなたがどのような値動きの性質を持つファンドを選ぶべきか、あなたのリスク許容度に合ったファンドはどれか、を考える上で非常に役立ちます。漠然とした「リスクへの不安」を、具体的な指標で「見える化」することで、より落ち着いて、そして賢く投資判断ができるようになります。
まずは、あなたが保有している、あるいは気になっている投資信託の標準偏差やベータ値を、目論見書やファンドの情報が載っているウェブサイトで確認してみてください。そして、「このファンドは、他のファンドと比べて値動きのブレが大きいかな?」「市場が動いたときに、どれくらい連動する傾向があるのかな?」といった視点で見てみることから始めてみましょう。
リスクを正しく理解し、自分に合った形で付き合っていくことが、長期的な資産形成への確かな一歩となるはずです。